親鸞会と「御名号本尊」 〜宗制改正、その後〜

親鸞会 本尊

 平成19年9月20日、本願寺派の「宗制」が改正され、浄土真宗の本尊について「阿弥陀如来一仏である」から「阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)一仏である」に変更されました。

 これについて、本願寺派の説明は、救済の法そのものである名号をともに示すことによって、尊号を本尊とする形式を持つ浄土真宗の特色を表した、ということでした。
 確かに、本願寺派の公式サイトの「浄土真宗の教え」の項目には、その本尊について「阿弥陀如来(あみだにょらい) (南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ))」とあります。
http://www.hongwanji.or.jp/youkoso/a02/index.html

 この改正について、裏ではどのような討議があったのか、その詳細は分かりませんが、少なくとも親鸞会では随分と前から蓮如上人の

他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像というなり
当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号というなり

のご文を提示して「御名号本尊」を強く訴えてきました。

 宗制改正以来、親鸞会でも大きな話題を呼び、公式サイト等にも、御本尊に関する話題が数多く掲載されています。
 その一部を紹介してみますと、

御名号本尊へ大きな流れ
 福井県の親鸞会会員による手記。
 「蓮如上人御影道中」のお立ち寄り所という由緒ある家が、木像本尊から御名号本尊に変えたことにより起きた事件。
 しかし、大谷派僧侶は「親鸞さまの教えでは『南無阿弥陀仏』の名号こそ正しい御本尊なのです。この家はみ教えに従い正しいお仏壇にしておられる」と言い、予想外の展開へ。
 
蓮如上人のお勧めに即断
 後生の問題を「そんなに心配しなくてもいいんじゃないですかね」というすげない住職の言葉にがっかりし、親鸞会で親鸞聖人の教えを明らかに知らされた体験記。
 
住職の意外な言葉「御名号こそ浄土真宗の正しい御本尊」
 母の七回忌の直前、自宅の絵像を御名号に変える。意外にも法事に来た住職は「南無阿弥陀仏の御名号がご安置されています。これこそ浄土真宗の正しい御本尊です」と話しだした。

 これに対して、本願寺派、或は大谷派のサイトの中を探してみると、御本尊に対してどうあるべきなのかを言及したページというのは、正直見つかりません。
 上記で紹介した本願寺派のページが唯一と言ってもいいかもしれません。

 親鸞会との、関心の差が大きく開いているように思います。

 さて、この件に関して、興味深いのはWikipediaの「名号本尊」の項目です。

 そういう項目がWikipediaに存在するのが何とも言えませんが、以前、ここでは

南無阿弥陀仏の名号を聞信する一念に往生の業事がすべて成弁するという教義であるため、偶像本尊の必要がなく、名号本尊を用いることは教義に適合する。
このことから親鸞は、偶像本尊を希望せず、名号本尊を用いたのである。別の言い方をすれば、聞其名号信心歓喜即得往生の浄土真宗の教義からくるものである。
とありました。

 なるほど、浄土真宗の教えの肝要と言われる「願成就文」から「名号本尊」が来ている。
 これについては、親鸞会の「浄土真宗講座」の項、「親鸞聖人が、御名号を本尊となされた根拠はあるのか」に詳しく解説されています。

 ところが、Wikipediaの記事には、
「浄土真宗の一部の宗派で問題にしている、「名号のみ」を本尊とする事には繋がらないと、浄土真宗の他宗派では考える。」
と、まるで親鸞会のことを意識しているかのような始まりの一文があり、何だか訳の分からない説明で「本尊の形態は、木像・絵像・名号を問わない」としています。
 何やら煙にまいて言い訳しているように読めますが、木像を本尊としていたい者にとっての理由は、これが限界なのだろうと思われます。
 形態を問わないのなら、わざわざ宗制に「南無阿弥陀仏」を加える必要などありません。

 話を戻すと、最近、親鸞会公式サイトには「【親鸞会講師の手記】 耳を疑う回答 「聖人はどうでもよい、元に戻せ」」という記事が掲載され、真宗末寺で御名号本尊を安置したことによる、宗派の動きをレポートしていて、大変興味深いものとなっています。

 長年の伝統を変えることは、容易なことではありません。

 しかし、親鸞会は「根本に尊ぶべき」本尊だからこそ、これからも親鸞聖人の教えの通り、訴え続けることでしょう。

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映画「釈迦」に出てくる提婆は勝新太郎が演じた

親鸞会watch

親鸞会の法話では、よく映画「釈迦」が取り上げられます。

先日の親鸞会館での行事でも、高森顕徹先生が話題にされました。
というのも、この映画中、お釈迦さまの青年時代・シッタルタ太子とダイバダッタがヤショダラ姫をめぐり決闘するシーンがあります。

「釈迦に提婆あり」と言われるほど、お釈迦さまの敵として扱われるダイバダッタですが、当時のインドではそれほど有能な人物であった、という譬えです。

それにしては、アニメ「王舎城の悲劇」での提婆の様子は悪者じみていますけどね。
映画「釈迦」でも、提婆を演じるのは勝新太郎です。これまた、かなり濃いキャラクターです。
ちなみに、手塚治虫の「ブッダ」では、ダイバダッタはかなり美形に描かれています。
また、映画中でお釈迦さまを演じたのは本郷功次郎。実にカッコいいですよ。


この映画「釈迦」が製作されたのは1961年ですから、今から実に約半世紀前のことです。
皆さんは生まれていましたか?

一応、私は見た事があるのですが、当時としては巨額の制作費を投じて巨大セットや多くのエキストラを組んだと言われるほどのことだけあり、目を見張る内容になっています。
今ならCGで処理しただろうに……そう思ってしまう背景セットが次から次と出てきます。


で、今回は、少しこの映画「釈迦」について触れておきましょう。

内容は、お釈迦さまのご生誕から、ご入滅までが描かれています。
ストーリーは、生まれたばかりのお釈迦さまが「天上天下唯我独尊」と言う有名な場面から始まります。
その直後が、かのダイバダッタとの決闘です。

その決闘に打ち勝ち、見事ヤショダラ姫と結婚するシッタルタ太子ですが、人生の苦悶は止む事無く、出場入山、難行苦行を経て、仏のさとりを開かれます。
ここまではいいのですが、成道以降のお釈迦さまの姿が描かれません。……つまり、本郷功次郎の表情がスクリーンに出てこなくなります。出てきても、お釈迦さまの影だったり、遠方シーンだったりするのです。

なぜでしょう?

さすがに、仏様の様子を映像として描く事はできなかった、ということなのでしょうか?

映画は、仏教教義に深く触れることは無く、またお釈迦さまが雨乞いをしたりといったちょっと頂けない場面もあったりしますが、親鸞会の皆さんになじみの深いのは、「王舎城の悲劇」と「貧者の一灯」のシーンでしょう。

「王舎城の悲劇」については、ここで説明するまでもありません。
勝新太郎が演じる提婆にそそのかされたアジャセ太子が、ビンバシャラ王を牢に閉じ込めます。その後、アジャセは改心してダイバを追放し、お釈迦さまの教えを聞くようになります。

「貧者の一灯」とは、貧しい女性が乞食をして得たお金で油を求めようとしましたが足りず、自分の髪の毛を切って不足分の足しにして、お釈迦さまに一灯を布施することができた、という内容です。
この時、貧者の老婆を演じたのが北林谷栄さん。若いときから老け役を演じたことで有名で、アニメ「となりのトトロ」でおばあちゃん役を演じたと言えば分かるでしょうか?

ついでに申しておけば、映画の中では、夜のお釈迦さまの法話中に、ダイバダッタがやってきて、神通力を持って灯火を全部消そうとします。しかし、老婆が布施した一灯だけはなぜか消すことができず、ダイバがくやしがるというシーンになっています。


まあ、ざっと映画「釈迦」について説明しました。
参考にしてください。


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葬儀の本来の役割 仏教界の現状と親鸞会の立場

親鸞会と寺院

 何やら、葬式のことが話題になっているのが目につきました。
 
「今朝、祖母が亡くなったんだけど、葬式がめんどくさくて仕方がないの」(はてな)

 ここでは、人が亡くなると訳分からない間に葬式・法事がなされ、僧侶に高い布施が積まれる「システム」が既に確立されていることが実に気に食わない、という内容が書かれてあります。
 それに対する意見は賛否両論、実に興味深いものがあります。
 
 で、上のブログ主は相当怒っているようですが、ここでは「葬式仏教」と揶揄される伝統仏教界についてはもの申しません。
 いつもの親鸞会の調子と違うんじゃないか?と言われそうですが(笑)。
 
 
 都会のような「人間関係」が希薄な場所では、葬儀も小規模になりがちです。
 規模が小さくなると、その葬儀の意義すら薄れてくるのも当然かと思います。
 
 田舎の話をしますと、都会への若手流出は止まらない昨今、冠婚葬祭がない限り、都市部に出ている若者が帰省する機会がありません。
 葬式ともなれば、普段見られない顔が続々集まってきます。
 そして「お前最近どうだ」「こっちの家は継がないのか」だの、故人そっちのけで日頃できない身の上話に花が咲きます。
 
 そう、田舎では葬儀は一つの「コミュニケーション」の場所、と言えばいいのでしょうか。
 
 それにしても、折角集まってくる親類縁者に対して、会話と酒で終わっては、何ともわびしい限りです。
 浄土真宗では、と言いますか親鸞会では、この「葬儀」こそ、参列者一人一人が自分の人生を問い直し、心を鎮めて仏法に耳を傾ける機会であると捉えているのです。
「えっ?親鸞会でも葬儀あるの?」と言ってくる人がたまにありますが、もちろん浄土真宗という仏教宗派の看板を掲げていますから、葬式法事は親鸞会でも行われます。
 
 親鸞会の葬儀は、特に変わったことはありませんが、読経の後には必ず「説法」が行われるのが大きな特徴と言えるでしょう。
 どんな人でも、たとえ宗派が違う人であろうとも、葬儀の法話ぐらいは耳を傾けることでしょう。
 そんな機会がなければ、日頃「仏教」を聞く縁のなかなか無い人が多い訳ですから、「尊い」時間となることに違いありません。
 
 一人の死を通して、仏の教えを聞く……これが、本来求めるべき葬儀の姿であり、浄土真宗親鸞会が変わらず続けていることなのです。
 
 それが実行できていない寺が多いから、「ビジネスとしての坊主と葬式」だのと批判を受けてしまうのでしょう。


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神仏ごちゃ混ぜの「伊勢参り」……浄土真宗の立場は

 親鸞会では、神と仏の違いについて明らかに教えられていますが、仏教界の中には明治維新以前の「神仏一体」に戻そうと考えている人も多くあるようです。

神+仏、そろって伊勢参り(朝日新聞)  伊勢神宮のほか、延暦寺、東大寺、石清水八幡宮など近畿の150社寺でつくる「神仏霊場会」(会長・森本公誠東大寺長老)は8日、三重県伊勢市の皇学館大で式典を開き、会の発足を祝った。神職と僧侶が共に神仏をまつり、拝もうと、祝詞の奏上に続いて般若心経が唱えられた。(中略)  神仏霊場会は、神と仏が和合してきた明治維新前の信仰の再興を目指し、伊勢神宮と150の社寺を結ぶ新たな巡拝の道を提唱している。

 つまり神仏ごちゃごちゃで何でもあり、ということなのでしょう。
 読売新聞の記事には、

 三重県伊勢市の伊勢神宮に参拝した「神仏霊場会」のメンバーは、「多くの巡礼者が各社寺を訪れ、手を合わせてほしい」と訴えた。
 参拝後に記者会見した同会名誉会長の半田孝淳・天台座主は「仏教と神社の関係者が一体になって参道を歩く姿に、何とも言えない感動を覚えた。心の平和を願う私たちの気持ちが、多くの人にも伝わったのではないか」と強調した。

とあり、平和につなげるための宗教融和を唱えているようにも見えます。

 有り難いものなら仏でも神でも何でも手を合わせていれば、確かに争いは起きないかもしれませんが、平和を強調するが故に仏教教義を曲げていいかどうかは、かなり疑問です。
 
 ちなみに、この神仏霊場会にはさすがに「浄土真宗」の宗派で参加しているところはないようです。

 これは大谷派の話ですが、天皇中心の国家神道体制が強かったころ、法主が、伊勢神宮に参拝したことがありました。
 それは、親鸞聖人の「神祇不拝」に反するとして、現在で問題にされることがあります。
 

 実際、浄土真宗ではどのように教えられているのでしょうか。

 よく知られた経文として、蓮如上人も御文章に引用されている般舟経の、
「優婆夷、この三昧を聞きて学ばんと欲わば、自ら仏に帰命し、法に帰命し、比丘僧に帰命せよ。余道に事うることを得ざれ、天を拝することを得ざれ、鬼神を祠ることを得ざれ、吉良日を視ることを得ざれ」
があります。

 親鸞聖人のご和讃も挙げておきましょう。
「かなしきかなやこのごろの
 和国の道俗みなともに
 仏教の威儀をもととして
 天地の鬼神を尊敬す」
(悲歎述懐和讃)
「五濁増のしるしには
 この世の道俗ことごとく
 外儀は仏教のすがたにて
 内心外道を帰敬せり」
(悲歎述懐和讃)
「外道梵士尼乾志に
 こころはかわらぬものとして
 如来の法衣をつねにきて
 一切鬼神をあがむめり」
(悲歎述懐和讃)

 よく勉強されている親鸞会の皆さんには説明するまでもないでしょうが、特に最後の一首は、正に今回の伊勢神宮参拝の僧侶達に言われたものだと感じられますね。

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浄土真宗における「追悼」の意味は

親鸞会 菊

 暑い日が続きますが、今年もアッと言う間に8月になろうとしています。
 8月と言えば、盆だの慰霊だの、死者に向き合うことが多い季節でもあります。

 ところが、親鸞聖人は、

「親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したること未だ候わず」(歎異鈔)

『この親鸞は、亡き父や母の追善供養に一回の念仏も、一巻のお経も読んだことがないのだよ』
と、びっくりすることをおっしゃっています。


 昔から、亡くして初めて親の恩を知るといわれます。
 生きているうちは分からなくても、肉親を失った時、まじめな人なら必ず、不孝を重ねた後悔が起きるものです。大切な伴侶や愛児を亡くした時も、様々な悔恨に襲われ、悲嘆に沈むことでしょう。
 墓に布団も着せられず、遺骨にごちそうも食べさせられず、どうしたらこの心、相済むことかと思い悩むのは当然です。

「立派な葬式や法事を勤めるしか、このやりきれぬ気持ちを静める方法はない」と思われがちですが、親鸞聖人は決して、そうは教えられていないのです。

 親や先祖の恩に報いようとするならば、親の最も喜ぶことは何か、先祖の最も望むことは何かをよく知らねばなりません。
 それはあえて亡くなった人を呼び出すまでもなく、私たちが子供や家族に何を望んでいるかを考えれば分かります。
「正しく生きて幸せになってほしい」。これに尽きるのではないでしょうか。

 お釈迦さまは、それは仏法を聞信する一本道なのだと教えていかれました。

 親鸞聖人の教えによって、本当の救いにあい、永久の闇より救われて苦悩渦巻く人生が、そのまま絶対の幸福に転じ、明るく強く、たくましく生き抜かせていただける身になることが、それらの方の最も喜ばれることになるのです。
 

 しかし、そうなると葬式や法事、墓参りは無意味なのかといえば、それは全く私たちの心掛けいかんにかかっています。

 多くの人が集まるこの機会に、亡くなった人をご縁として無常を見つめ、真剣に後生の一大事を心にかけて、一心に仏法・阿弥陀如来の本願を聞けば、みんなが本当の幸せに救い摂られるのですから、これほど尊いことはありません。
 また墓参りも先祖供養の習慣としてでなく、忙しい毎日の中で、世俗を離れ人生を深く見つめる得がたいご縁とさせていただくならば、有意義なものとなるでしょう。


 お盆の季節を前にして、浄土真宗親鸞会 三重県のサイトには「お盆特集」がありますので、合わせて見ておきたいですね。


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「道宗道」の復元 浄土真宗の先達を偲ぶ

道宗

 赤尾の道宗と言えば、親鸞会の法話でも度々登場する妙好人。
 蓮如上人の真摯なお弟子であり、「五箇山と言えば道宗、道宗と言えば五箇山」と言われるほど、現代でもその遺徳が語り継がれる忘れられない人物です。

 最近になって、この道宗が注目されるようになりました。

 というのも、富山県南砺市内の山岳関係者らが、「道宗道」の復元を行なおうとしているというのです。
 今年7月の東海北陸自動車道全線開通をにらみ、地域の歴史遺産を見直すのが狙いのようです。

 この道宗道とは、上平から井波瑞泉寺まで道宗が通った伝説の道だそうで、東山の尾根伝いとみられているそうです。こう聞けば、親鸞会では有名な話を一つ思い出しますね。


 ある正月、蓮如上人が、富山県井波の瑞泉寺で、年を越された時のこと。
 いつものように道宗は、元旦の勤行から参詣するため、真夜中、赤尾から井波までの約三十キロを歩き出した。
 腰まで積もった雪で、思うように進まない。どんな豪傑でも心細くなるような真夜中の山道が続く。だが、蓮如上人を心よりお慕いする道宗の心は明るかった。片道五時間の道のりも、苦にはならない。しかし、例年にない大雪で、山中深く踏み入るほど、雪はいよいよ道宗の行く手を阻み、峠にたどり着いた時には、山を下る道は完全に消えていた。
 道宗は、なおも道なき道を進もうとしたが、方角が全く分からない。もはやこれまでと、断念しかけたその時、ふと目の前の雪に舟を引いたような、一筋の道がついているではないか。
 歓喜した道宗は、一目散に井波へ急いだ。
 一方、夜明けを迎えた井波御坊では、勤行の準備が整えられ、蓮如上人のご出座を請うた。すると上人は、「道宗は来たか」と尋ねられた。
「いえ、まだ参っておりません。ですが、上人さま。今朝はこの雪でございます。とても山から出てくるのは無理かと」
 従者が申し上げると、
「そうでもあるまい。しばらく待とうではないか」
とお答えになった。
 道宗の参詣をいぶかりながらも、一同が彼の到着を待っていると、やがて、全身雪まみれになって、御坊へと向かってくる道宗の姿が現れたではないか。報告を聞かれた蓮如上人は、
「そうか、道宗が着いたか。では、鐘と太鼓を打って、皆に勤行開始の合図を」と命じられる。
 シンとした山合いに澄んだ音が響き渡った。
 元旦に響く鐘と太鼓は、この時から、「道宗打ち」といわれている。
 

「法話に参詣していながら、帰命無量のご調声にあえぬは、三年の飢饉にあったようなものだ」と常日ごろから語っていた道宗ならではのエピソード。
 それほどまでに、浄土真宗の教えを求めた理由は何だったのでしょうか。
 もちろん、親鸞会ではいつも、その本当の親鸞聖人の教えが説かれています。

「道宗道」の復元と共に、教えも広く伝えられるご縁となることを切に願います。


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パンダが「大往生」?……往生の本当の意味

Panda
 日本で「パンダ」と言えば、長らく上野動物園の顔とも言うべき存在でしたが、4月30日に上野から姿を消しました。
 雄のジャイアントパンダ「リンリン」は22歳。人間で言えば70歳で、かなりの長寿になるそうです。

 このような長寿動物が無くなると、きまって新聞記事の見出しに出てくるのが「大往生」の言葉です。
 さっそく「パンダのリンリン、大往生」だの、テレビのインタビューでも「大往生ですね」と答えている人もいました。

 そもそも、往生に小さいも大きいも無いのですが、長寿で亡くなれば誰でも「往生」できるというのは、浄土真宗の教えからは出てきません。
 死んだこと、はたまた困ったことに「往生」と使いがちですが、間違った使い方ですから、これを機会によく勉強すべきでしょう。

 「往生」と聞いて思い出すのは、親鸞聖人の「体失・不体失往生の諍論」ですね。
 救いは現世か死後か……兄弟子となる善恵房証空との、仏法上での争いなのですが、詳しくは、親鸞会の浄土真宗講座親鸞聖人の三大諍論とは、どんなことか(1)」をご覧ください。

 「往生」の本当の意味が、分かって頂けると思いますよ。

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最初から学ぶ浄土真宗

親鸞会公式サイトの「浄土真宗講座」では、少し難しいというビギナーの方に、「最初から学ぶ浄土真宗」というコーナーが、新たに作られたようです。

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歎異抄いろいろ

今、『歎異抄』が静かなブームです。
今回の火付け役は、五木寛之氏の「私訳 歎異抄」でしょうか。他、大谷派などいろんな人の解説本が発行されています。
『歎異抄』は、親鸞聖人のお言葉として多くの人に親しまれている書。生きる意味、苦しくとも生きねばならぬ真実を親鸞聖人が説かれていると、解説本でも明らかにしてもらいたいところです。

親鸞会 公式サイトでの『歎異抄』の話題と言えば、「現代に生きる仏説」の「止まらぬ自殺と歎異抄」や、親鸞会 会員の声の「『歎異抄』読めど分からず」があります。
こちらも合わせて、目を通しておきたいところですね。

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祖師の90年 ご遺徳を仰ぐ

親鸞会 岐阜のサイトでの特集記事です。
降誕会を記念して組まれたもののようですが、親鸞聖人90年の波乱のご生涯を追慕しながら、古今のすべての人々に弥陀の大悲を開顕してくだされたご遺徳を、ともに仰ぐページです。

祖師の90年 ご遺徳を仰ぐ(親鸞会岐阜)

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