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圧倒的に分かる?「生きる意味」と親鸞会

言葉は、時代と共に変化します。
当然ながら、「仏教」という真実を伝えるのも、また「言葉」ですから、伝える言葉も変化するものです。

遠く2600年前、お釈迦さまが教えられた救いの世界を、日本の親鸞聖人は「信心決定」「無碍の一道」などと著されました。
そして現在、その親鸞聖人の教えを分かりやすく伝えようとしている親鸞会は、「人生の目的」「なぜ生きる」「生きる意味」という平易な言葉で、その真意を表しています。

「生きる意味」は何なのか。

人間の、永遠のテーマであり、誰もが知りたいことでしょう。
しかし、その大きすぎるテーマに途方にくれ、頭をかかえる人が大半なのも事実です。

もちろん、ネット上でも「生きる意味」とは何なのか、問う声も多く聞かれます。

先日「はてな匿名ダイアリー」というサービスに興味深い書き込みがあるのを見つけました。

■生きている意味が圧倒的にわからない

生きている意味がわからない。

ミクロ的にはわからないこともない。
自分の幸せのため
自分を愛してくれている人の為
子供のため
社会の為
種の保存の為


でもそれがなんだと言うんだろう?
自分はいずれ死んでしまうし、自分を愛してくれている人も死んでしまうし、子供も死んでしまうし、人類だって滅びてしまう。
そもそも、この宇宙だっていずれは停止する運命にある。
要するに自分が何をやったとしても、もしくは何もやらなかったとしてもはっきりいって無意味だし無価値だ。

圧倒的な無意味の中でどうやって生きていけばいいんだ?
どうすれば、自分の人生が価値あるものだと思えるんだ?

僕はつねに正しくあろうとしてきた。
その正しさの根拠をどこかに求めようとしてきた。
人間は社会的動物である。
では、社会に正しさの根拠を求めればいいのか?
いや、社会的動物なのであれば生物として存在し続けること = 種の保存に則って生きていけばいいのか?
いや、そもそも生物は化学的な反応によって、もっとたどれば物理的法則にもとづいて活動をしている。
ならば、物理法則に正しさの根拠を求めればいいのか?


しかし、物理法則なんてものにはなんの意味もないじゃないか。そこにあるのはルールだけだ。
いや、そもそも化学的反応だって物理法則に則ったただのルールだし、種の保存だってDNAに記述されているただのルールだ。
DNAのルールに則って活動しているヒトという生物が作り出した社会だって、そこにあるのはただのルールだ。

結局、どこにも意味なんてない。

・・・そんなことをいつもかんがえている。


ミクロな部分の考察から、いきなり巨大な世界へ飛び出すあたりが驚きの展開ですが、意味見いだそうとする苦悩がよく分かる記事です。
是非、親鸞聖人の教えを知ってもらいたいですね。

はてな匿名ダイアリーというサービスは、誰でも書き込めるブログタイプのサービスで、恋愛やパソコンの話題から、何でもありの内容がだらだらと書き込まれ続けています。
ごくたまに、上のような「生きる意味とは何ぞや」と問う記事が現れ、話題になります。


さて、この内容に対して、どんな意見が集まっているでしょうか。
多く寄せられたトラックバックを、少し見てみましょう。

・意味がないって気づいたら、あとは笑顔で楽しむだけですよね。 ・わたしは「意味なんてない」と理解していて、それで満足です。 ・変なのが定期的にわくのね ・でも無意味だからってやっぱりホイホイ死にに行くわけにもいかん事情はそれぞれあるだろうし、しょうがないから生きてるわけですよ。 ・「生きること」に「意味」は無いでしょう。意味は人が考えて与えるものだから、 ・あくまで現象なので思うがままに生きればよいのです。 ・全てのことに根本的な意味がないからこそ自由に行動できる 幸せ ・生きる意味なんて無い ではなぜ生きているのか それは死ぬ意味もないからだ ・ぼくは、意味なんてないというのが答え! ・哲学(笑)ぶったことグダグダ語りだして悦に入る人とか。 超くだらねえ。 ・木下優樹菜が「死ぬときわかるよ」って言ってたよ。 ・意味ないよ?ってか意味なんてなくても別によくね?生きることに意味なんて必要なくね?
……などなど。

予想される反応だったでしょうか。

どんなにクソ真面目に「生きる意味」を世に問うても、「変じゃない?」「考えても分からないよ」「意味なんてない」「くだらない」という反応が大半です。

親鸞会会員の皆さんもまた、真面目に「人生」を語ろうとしているのに、変人扱いされたり、あげくは中傷を受けたりして、苦々しく思ったこともあるでしょう。
まことに、親鸞聖人の教えを伝えるということは、難しい世の中です。


ただここで、ある親鸞会会員から聞いた話を思い出します。
その人は、多くの友人知人に親鸞聖人の教えを伝えたいと頑張っておられる方ですが、
「生きる目的は何か、考えてみませんか」
と声をかけると、大抵の場合は「そんなの分かりっこない」「考えても仕方ないよ」という反応ばかりで、だれも耳を傾けようとしないそうです。
しかし、
「生きる目的があるのですよ。聞きたいとは思いませんか」
と問うと、「えっ、それ何?」と、興味を示す人は少なくない、と言うのです。

考えたって分からない……ところが、仏教では明らかに「人生の目的」が教えられています。
これは驚くべきことです。
「お釈迦さまの教えを、自分自身も信じ、人に教え伝えているだけだよ」とは親鸞聖人の常の言葉です。

親鸞会もまた、親鸞聖人の明らかにされた「人生の目的」「生きる意味」を、そのまま皆さんにお伝えしているだけなのです。

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Tracked on 2009.03.12 at 11:20 AM

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