« ご生誕を祝う……「降誕会」 | Main | 親鸞会の50年の歩みを振り返る 〜特設ページが更新中 »

「『歎異抄』だけで親鸞を市民に語る時代は終わった」

 さてさて、なぜか「歎異抄」が熱いです。

 なぜかを改めて説明するまでもありませんが、特に気になったのは、朝日新聞平成20年3月25日付の「親鸞よもう一度 750回忌法要前に思想を再検討」の記事。
 親鸞聖人750回忌を直前にして、その再検討が進んでいる、と報じられています。
 それに乗じたのがどうか知りませんが、「歎異抄」の解説本が最近になって数多く出されていることも、注目に値します。

 この朝日の記事の中で興味深いのは、東大教授のコメント

 だが、東京大の末木文美士教授は「『歎異抄』だけに頼り解釈を進めるべきではない」と言う。親鸞の死から20年ほどして弟子の唯円が書いたとされており、「親鸞自身が書いた一次資料ではない」として親鸞の主著「教行信証」を重視する立場だ。
 末木教授によると「教行信証」の往生説と、空海の即身成仏説との類似点を指摘することも可能だ。ただし、読解には幅広い仏教の知識が必要で、研究者以外には「教行信証」は敬遠されてきた。「だからといって、『歎異抄』だけで親鸞を市民に語る時代は終わった」と指摘する。

 教義を学ぶ時には、「歎異抄」ではなく「教行信証」に基づかなければならない、という当然の指摘がなされています。
だが「歎異抄」は古来カミソリ聖教ともいわれ、危険な書としてもしられる。かの蓮如上人が
「当流大事の聖教なり。無宿善の機には左右なくこれを許すべからざるものなり」
と、仏縁のない者には、みだりに読ませてはならないと封印されたほどだ。
 (親鸞会公式サイト「出版ブームの「歎異抄」より)

  先日、教行信証の坂東本に「角筆」が見つかったという報道がなされ、教行信証に今、注目が集まっています。

 親鸞聖人の著述、お言葉を通して学んで行く……親鸞会会員にとっては当然の姿勢なのですが、今、それが非常に大切な時代にあるのだと分かりますね。

(参考:親鸞会関連サイトより)
 >>止まらぬ自殺と歎異抄
 >>「誤解された歎異抄」を読んで
 >>歎異抄、思いっきり現代誤訳?浄土はこの世のことか。

|

« ご生誕を祝う……「降誕会」 | Main | 親鸞会の50年の歩みを振り返る 〜特設ページが更新中 »

声! ボイス of 親鸞会」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« ご生誕を祝う……「降誕会」 | Main | 親鸞会の50年の歩みを振り返る 〜特設ページが更新中 »